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ゆりかごのある丘から

 

授業も終わってしまいブログのネタが思いつかないので、

最近帰ってきた同居人(人じゃないけど)について書こうと思います。

 

彼女の名前は「サル」去年の11月から一緒に暮らしてたんですが、

今年の7月くらいに逃亡しご近所さんの家を転々としてました。

逃亡した理由は差し控えさせていただきます。

 

去年の写真

IMGP1889

 

これは多分生後1か月半くらい。

この頃は本当に可愛かった!本当に!!

 

 

 

 

そして、先月の後半に隣の家の小屋で出産しました。5匹。

IMGP3964

しかし、その中の1匹が犬に殺されてしまい、隣人がオレの家で育てろというので

うちに帰ってくることになったのです。

 

てか猫って1年でもう大人になって子供産んじゃうんですか?って感じです。

あの時のかわいさはもう全くありません。今や完全にお母さんです。

 

といことで最近サルとその子供4匹と暮らしています。

 

 

そろそろ部屋を片付けなきゃいけないので、これ以上部屋を汚さないでほしいところです。

 

JUNKI

また会えるかな

先週の金曜日で授業が終わりました。

ということは、オレの活動もほぼ終了。後は後片付けや帰国準備だけ。

そして、今週の月曜と火曜で日本語クラスの掃除を生徒達としました。

これで学校での活動はほぼ終了。

IMGP3955

 

さすがに最後の授業はグッとくるものがありました。泣きそうでした。

2年間で日本語を教えた生徒の数はそんなに多くはないし、たいした授業はできなかったけど、

日本語を学んだことが彼らの人生をより豊かにしてくれる事を願っています。

 

学校の活動は終了したとはいえ、あと2週間くらいはアイタペにいます。

いざサーフライフ!といきたいところですが、

サーフクラブの青年達は行方不明だし、おれ自身もショートになかなかのれず

最近はちょっと海に行く回数が減ってきています。

ショートは難しいです。バランスが特に。

 

とにかく、とりあえず「お疲れ様でした」という感じです。

そして残り一か月頑張りましょう。

 

IMGP3947

 

JUNKI

CHIBUSA

 

この国に住んでたくさんのことを学び、感じました。

今日はその中の1つを書きます。

 

 

この国に来て驚いたことの1つが公共の場だろうが何処だろうが

お母さんが子供におっぱいをあげている事です。

おっぱい丸見えです。

昔の日本もそうだったらしいですが。

そしておっぱいの出し方がすごい!

 

TシャツやYシャツの首の所からおっぱいが出てきます。

そのおっぱいを子供はこれでもかというくらい引っ張りながら飲みます。

そして、そのおっぱいがまぁ伸びる。

最初洋服の襟の部分からおっぱいが出てきた時は絶句でした。

 

IMGP3886

写真右のお母さんもやっぱり襟から出してます。

ゼンゼン首もとに余裕のない服でも平気で出てきます。

多分この写真のお母さんは20代後半くらいだと思います。

子供を産んだパプア人女性のおっぱいはたいてい長いです。

 

日本では大きいおっぱいや小さいおっぱいとよく言いますが、

長いおっぱいは聞いたことありません。

稲中の卓球が上手いおばあちゃんくらいです。

 

何が言いたいかというと、

 

「おっぱいは男を喜ばせるためにあるものではなく、子供にに母乳をあげるためにあるもの。」

 

ということ。

 

 

だからおっぱいの判断基準は大きい小さいではなく、

長い短いなのではないでしょうか。

長いおっぱいということは、たくさん子供を産み母乳を与えた証といか勲章。

 

もう一度オレ自身の価値観や判断基準を見直すべきだと感じました。

とはいえ、彼女のおっぱいが長かったら嫌かもしれません。

 

 

JUNKI

Tomorrow never knows

 

先日、日本遺族会の方がアイタペ地域に遺骨収集のため訪れる機会があり、

お会いしました。

 

IMGP3918

アイタペ隊員二人と日本遺族会の方々(パプア人が写真を撮ったので中心がずれています。)

 

 

ヤカムールビレッジステイの直後ということもあり、考えさせられることが多々ありました。

 

戦争が残す負の遺産。

語り継がれる過去、忘れ去られる過去。

忘れちゃいけない過去。

 

正直パプアに来て、ラバウルに行ったり、戦争を経験した村のおじいちゃんに会うまで

興味がないわけではないけど、戦争のことは詳しく知りませんでした。

今も詳しく知ってるわけじゃありませんが。

 

しかし、ラバウルに行ったり、村のおじいちゃんの話を聞いたことで、

興味が出てきたし、この国にいる以上知らなければいけないのかなと思っています。

一応太平洋戦争に関する本も何冊か読みました。

 

オレはこの国に来てそう感じたけど、本当は日本でそれを学ぶべきなのかも。

しかし、今の日本ではそう簡単ではないような気もします。

かなりの時が経っているし、学校やメディアの情報はあまりに操作されすぎています。

 

じゃあどうする?戦争はいけないこと、戦争があったことを忘れちゃいけない。

というのはみんな知っている事。

 

オレが知りたかったり、伝えたいのはそんなことじゃないはずなのに、こうして文章にすると

ありきたりの安い感じになっちゃうのが残念です。

 

「今より前に進む為には争いを避けて通れない」

人類はそろそろ次のステップへ進んでもいいのではないかと思います。

どうにか争いを避けて前に進めないものか。

 

Junkism

僕らの音

 

先週の金曜日から日曜日までYakamul(ヤカムール)にビレッジステイに行ってきました。

去年と同じ元同僚の先生トーマスの村。しかし彼は今年は先生をやらずに村でカカオを育てています。

そんなトーマスの夢はパプアの総理大臣。ちなみにトーマス35歳独身。

 

とりあえず金曜日の午後2時半くらいからタウンでトーマスと車を探しました。

結局見つかったのは夜8時半。そしてヤカムールに着いたのが10時半。

途中雨も降って途中の村で雨宿りしたりして大変でした。

その日はそのままご飯食べて就寝。

 

次の日はトーマスがオレを村人に会わせるために村を散歩。

大勢の村人に会いました。去年も行った村だったので中にはオレを覚えていた人もいました。

 

その後川で水浴び。もちろんこの村にも電気、ガス、水道はありません。

 

IMGP3878

 

 

そして夜はJUNKIウクレレリサイタル。

IMGP3897

トーマスのお父さんとお母さんです。

お父さんは第二次世界大戦を経験していて、オーストラリア軍や日本軍の話を聞かせてくれました。

「もしもしカメよ」を歌ってくれたり、「ヤシ、やすみ」など少しだけ日本語の単語も覚えていました。

お母さんは基本上裸です。

 

そして次の日の日曜日みんなとお別れしてアイタペに帰ってきました。

お母さんが

「次来るときは私は死んでるかもしれないけど、いつでも帰っておいで。ここはあんたの村だから」

と言ってくれました。次いつ来られるかわからないけど、頑張って生きててください。

なかなか感動のお別れでした。

 

IMGP3904

右から

お母さん(写真を撮るのでわざわざ服を着てくれました。)

トーマス

おとうさん

トーマスの甥ジェームス

オレ

 

 

なかなか楽しいビレッジステイでした。

パプアの人の温かいホスピタリティに感動の週末でした。

 

ただこの村はサンドフライがめちゃくちゃ多く、

オレの足と手は完全にサンドフライやられてボロボロです。

跡が残ってもそれは思い出ということで。

 

JUNKI

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